第12回 前編:研究者として患者さんの意識経験に迫りたい【畿央大学 健康科学部 理学療法学科 教授・森岡 周 先生】

インタビュー企画12弾!

今回は特別企画として、 ニューロリハビリテーションを中心に研究の最前線で活躍されている森岡 周 先生(畿央大学 健康科学部 理学療法学科 教授・理学療法士)に電話インタビューにてお話を伺いました。

森岡先生が語る研究・教育・リハビリテーション。30分間とは思えない情報量のインタビュー、ぜひご覧ください。


なお、今回のインタビューは前編・中編・後編に分かれており、各編1日ごとに公開いたします。


──森岡先生は12月に新刊『身体性システムとリハビリテーションの科学』を上梓されましたが、森岡先生は脳科学がご専門であったように思っていましたが、今回の<身体性システム>に至った経緯はどのようなものなのでしょうか?

日本の研究を推進させるための助成事業として科研費というものがありますが、これは大きく分けて、個人あるいは関連研究者が自分たちの研究を遂行していくものと、異分野の研究者がコラボをして新しい学問体系を形成するものがあります。

後者を現在は新学術領域と呼んでいます。

「身体性システム科学」という領域は、脳科学者・AIやロボットなどを扱うシステム工学者、そしてリハビリテーション医学者がコラボし、成果を残し、リハビリテーション医療、ひいては社会に貢献する目的で立ち上がりました。

運よく私は公募でメンバーとして選ばれ、研究代表者の立場を得ることができました。ひとえに研究の内容や成果で認められたと感じています。

当初からの研究代表者としては、リハビリテーション医学の中の唯一の理学療法士として参加できたということで、脳だけでもロボットだけでもリハビリだけでもなく、それを融合していくという仕事は責務だと思いながら現在関わらせていただいております

本書はその集大成となり、私が携わった2巻『身体認知』は脳科学者の今水 寛 教授(東京大学)、システム工学者の近藤 敏之 教授(東京農工大学)とともに編集執筆させていただきました。


──この本の森岡先生が書かれた章では、高次脳機能障害者の身体意識や意識経験が取り上げられ、それに対して科学から迫ろうとする気概を感じましたが、それについて詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか。

昨今エビデンスに基づく治療を重視し、まんべんなく基本的なことサービスが提供され、かつ患者さんがそれによりコンプライアンスが受けられるのは、素晴らしいことだと思います。ただ、そこに置き去りにされている人たちがいると感じていました


──<置き去りの感覚>というのは、森岡先生に届く様々な臨床現場からの声など、そういったところから生まれたものでしょうか。

そうです。

結局のところ、ある視点からみた明確なデータを得るためには除外基準を設けます。

高次脳機能障害や身体意識の変容、注意障害、認知症など、そういったものはかなりの頻度で除外されてしまいます。

しかし、実際の現場では、患者さん、そのご家族、そしてセラピスト、皆が苦労しているのがその除外基準の症状です

そこに焦点を置かなければ研究者とは言えないと思っています。研究者も社会に貢献すべきですので。

トラディショナルな理学療法を行っても回復が難しく、それに困っている人に対してどのようによき情報を提供すべきか、いつも模索しています。


──困っている人にどう届けるか、ということでしょうか。

そうです。

患者さんの言葉というものは重要なデータになりますが、現状ではそれは個人的な意見・訴え・愁訴などそういった形で位置付けてられ、場合によっては葬られてしまいます。

本当はそこに焦点をおき、その現象のメカニズムを調べることが研究者としての責任だと思っています


──森岡先生が今までやってきたことの集大成としてそういったものを集めるイメージでしょうか。

そうですね。私もその領域は今までよく分からなかったので。

きれいなデータというか、例えばRCT研究なども行ってきましたが、どことなく絵に描いた餅のようなデータになってくると思います。

それでエビデンスが高いといっても、どことなし引っ掛かりを感じます。

疫学研究としては素晴らしい成果だとは思いますが、むしろそれは新進気鋭の方々にまかせたいと思っています。

研究者としては、介入して良くなる人を対象にせず、介入して良くならない人を対象にすべきではないかと思ってしまいます


──現場の立場としてはそう思ってしまいますね。

運動してないよりもしているほうが予防や健康維持になるというのは当然のことです。けれども、運動したくない人にどうすべきかを考えなければ、研究者としてはだめだと思います

運動療法が予防に貢献するということは疫学的な観点からみてエビデンスとして当然ですが、運動をしない人・したくない人・できない人の背景因子を探り、その「何故か」ということを明らかにし、そして、その人をどのようにサポートすべきかを考えないといけないと思います