【がん緩和ケア】診断時からエンド・オブ・ライフにいたるまで

日本人の死因の第一位はがんであり、今や2人に1人はがんになると言われています。医療機関に勤務している皆さんにとって、がんはごくありふれた病気の一つでしょう。

医療が進んだ現代ではがんは決して死の病ではなく、適切な早期治療によって発覚後、10年20年と元気に生活している患者さんも大勢います。

しかし、一般の人たちにとってがんは未だに「死の病」です。体調が優れず、薬をもらいに行こうと受診した先で突然がんを宣告された時の患者さんの気持ちは、私たちに図り知ることはできません。中には絶望感が強く、治療拒否や家族への暴力行為を行う患者さんもいます。 

また、どんなに医学が進歩しても、診断時にはすでに多くの臓器に転移していて積極的な治療を行えないこともあります。突然の余命宣告に乱れる患者さんや家族の心境も、私たちが真に理解できることはないかも知れません。

しかし、患者さんや家族の思いに傾聴し、よりよい判断ができるように支援できるのは医学知識を持った医療スタッフであり、特に看護師は、患者さんや家族と密に接するので、その役割は非常に重要です。ここでは、がん患者さんが診断されてから一生を終えるまでの支援の在り方について考えましょう。


1. 患者さんと家族の気持ちは日々変化するもの

みなさんは、キューブラーロスによる「死の受容モデル」を知っていますか?

これは、死に関わる病気が発見された人の心の変化を示したもので、気持ちは5段階で変化するというものです。

がんや余命を宣告された患者さんは、まず衝撃を受けて頭では理解しても気持ちが追いつかない状態になります。すると、そのこと自体を否定したくなりますが、家族や医療スタッフは病気である事実に基づいて治療計画を進めます。すると患者は自分だけが取り残されたような気持になってひどい孤独感に陥ってしまいます。この段階を「否認と孤立」と呼びます。

次に、がんや死を冷静に認識することができるようになると、「なんで自分だけがこんなにつらい思いをしているんだ」という怒りが現れてきます。この段階は「怒り」であり、周囲に対して強い反発感が生まれます。

そして、怒りが収まると、今度は何とか死を回避しようとして様々な「取り引き」を行うことがあります。最初は死にたくないという願いから、財産を慈善施設に寄付するから助けてくれ!という風に取り引きをしようとするのです。

そして、取り引きが叶わないことを認識すると、次はこれまでにない悲しみと絶望を感じるようになり、睡眠不足や食欲低下、意欲減退などが起こって活力が失われます。この段階は「抑うつ」であり、生活の質を大きく低下させることになります。

そして、最終的には、人はいつか死ぬんだ、という思いが生じて死を受け入れるようになります。この段階は「受容」であり、患者さんの気持ちは穏やかになります。

このような、否認と孤立→怒り→引き取り→抑うつ→受容、の流れは一筋縄でいくものではなく、段階を経ずにいきなり受容にいくこともあれば、抑うつで止まってしまう人、抑うつと受容を繰り返す人など、様々なパターンがあります。

また、家族も患者さん本人と同じような気持ちの変化を辿ることが多く、適切な支援を行うことが大切です。大切な人を失った家族は、その後もその悲しみを抱えて生きていかねばなりません。ですから、家族にとっても後悔のない終末期を迎える支援が不可欠なのです。


2. それぞれの段階に合った支援の仕方~患者さん編~

死の受容には、5つの段階があります。

それぞれの段階で気持ちは大きく異なり、その時に合った支援を行わなければなりません。

① 否認と孤立

この段階で最も重要なのは、患者さんの気持ちに傾聴することです。患者さん本人ががんを否認したときには、それを真っ向から否定するのではなく、非現実的と思われるようなことを言ってもきちんと傾聴しましょう。それによって患者さんの孤立を防ぐことができます。

看護師は患者さんに最も近い立場です。患者さんの気持ちを聞いて、気持ちを和らげ、孤立を防げるのは看護師だということを覚えておきましょう。

② 怒り

怒りの程度は人によって異なりますが、中には暴力行為に出る人もいます。このような時には、そっと距離を置くのも一つの方法です。そうすることで、患者さんは冷静になる時間を持つことができるでしょう。必要以上の支援が逆効果になることもあるのです。しかし、怒りを示しながらも話を聞いてほしいと思う患者さんもいますから、きちんと見極めることが大切です。

③ 取り引き

怒りがひと段落し、死への覚悟が芽生えるこの段階では、やはり傾聴が最も大切です。患者さんは非現実的なことをたくさん言うでしょう。その一つ一つに共感しましょう。患者さんは、それが実現しないことを知りつつあります。しかし、看護師が患者さんの味方になるだけで患者さんのフラストレーションは大きく改善するでしょう。

④ 抑うつ

患者さんが死を覚悟したときです。その苦しみは私たちには理解することはできません。しかし、抑うつ状態が続くと、治療に協力が得られなくなることもあり、適切な支援が必要です。挨拶などの簡単な声かけだけでも、他者との接触によって患者さんの気分の気分が晴れることもあります。「がんばれ」という言葉は禁物ですが、笑顔で挨拶することから始めてみましょう。

⑤ 受容

自分の病気と死を受け入れたときです。患者さんは一見気分が晴れやかになったように感じるかも知れません。しかし、何かのちょっとしたきっかけで抑うつ状態へ逆戻りしてしまうこともよくあります。日々の状態の観察を丁寧に行いましょう。

患者さんが受容期のまま安らかに一生を終えるために緩和ケアでは看護師の気づきと対応が不可欠なのです。


3. それぞれの段階に合った支援の仕方~家族編~

緩和ケアでは、患者さんのみならず家族にも適切な支援を行わなければなりません。死の受容モデルの各段階において、家族の気持ちや困っていることもそれぞれ異なります。

① 否認と孤立

家族は比較的早く患者さんのがんと迫りくる死を受け入れたように思えるでしょう。なるべく早く治療を開始して、少しでも長く生きてほしいという願いから、否認している時間はないのです。

患者さんの否認や孤立に家族は疲弊することもあります。そのような場合には簡単でもいいので労いの言葉をかけてあげてください。どこにも行き場のない悲しみをひた隠しにしている家族にとって、何よりもありがたい支えになるでしょう。

② 怒り

患者さんの怒りを正面から受けるのは、まず家族です。中には家庭内暴力に発展することもあります。しかし、家族はそのような家庭の状況を表に出さずに抱え込むことが多いです。怒り期の患者さんは、病院でも医療スタッフにそのような態度を取るものです。患者さんの怒りを受け止めつつ、家族の話を丁寧に聞いて対処法を一緒に探すことが大切です。

③ 取り引き

この頃になると、患者さんの気持ちは徐々に落ち着いてきますから、家族も安心することでしょう。しかし、治療方針も確立するこの頃には、今度は家族が冷静になり患者さんの死を受け入れなくなることがよくあります。

見舞いに来る回数が減ったり、暗い顔をしている家族がいたら、「今日は○○ができましたよ」などど、患者さんのプラスになる情報を教えるとよいでしょう。

④ 抑うつ

患者さんが抑うつ状態になると、家族は努めて明るく振舞おうとします。これは実は家族にとっては大きな負担になってしまいます。見舞い中に笑顔で挨拶するなど、普段と変わらない様子を見せることが大切です。

⑤ 受容

患者さんが死を受け入れると、家族は死の影をつよく感じて精神的に不安定になることがよくあります。そして、残された時間を少しでも長く一緒にいたいと無理しがちになるものです。家族の疲弊具合をよく観察し、適切な声かけなどの支援を行って下さい。よい受容期を迎えられた家族は、患者さんが死を迎えた後の抑うつからの回復が早いです。受容期の家族の支援は、家族のその後の生活にも関わることであると肝に銘じておきましょう。


4. 看護師の支援によって緩和ケアの質は大きく変わる!

緩和ケアは医療的な側面だけでなく、精神的なケアがとても大切です。とくに診断後の患者さんと家族の精神状態は、その後の治療にも大きく関わります。患者さんや家族が精神的に不安定な状態では、治療の選択や方針を決める時に適切な判断ができなくなることもあります。後悔のない最期を迎えるためにも、患者さんと家族の心の安定は非常に重要なのです。

チーム医療の中で、看護師は最も患者さんや家族と接する時間が長く、その精神状態を最もよく把握できるのも看護師です。患者さんと家族が後悔のない最期を迎え、その後も家族が穏やかに生活できるように、気づきと見守りを大切にしてください。そして、何か問題点があれば、チーム全体で協力し合って支援を行っていきましょう。

死の受容モデルのように、患者さんや家族の思いは変化しやすいものです。あなたの気づきが、患者さんと家族の「いい人生」につながることを祈っています。


(文責:医師 成田亜希子)

国立大学医学部を卒業後、僻地の医療に従事。一般内科医として多くの患者さんを診療。

衛生研究所での勤務経験もあり、細菌学や感染症にも精通しています。

二児の母でもあり、仕事と育児に奮闘中。


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