第5回 前編:価値ある作業療法とは何か?患者さんが意欲的に取り組みたくなるアクティビティ【岐阜保健短期大学 リハビリテーション学科 作業療法学専攻 特任教授・作業療法士 原 和子 先生編】

――先生が作業療法士を志したきっかけを教えてください。

私がこの世界に入ったのは、まだ世の中に理学療法士や作業療法士という職業が存在しない時代でした。厚生省(現在は厚生労働省)が、理学療法士・作業療法士の学校を東京都清瀬市に作るということで、高校生向けのパンフレットを作成して配布したんです。それを見たのがきっかけですね。

私は美術部員だったので、「美術を活かした仕事に就きたい」と考えていました。先の見えない社会の中でも、自分を受け入れてくれる場所はないだろうか……と考えていたときに、先生が「こんな進路はどうですか?」とパンフレットを見せて進学を勧めてくださったんです。

入学してみて、どうでしたか?

クラスメイトの多くは、WHOから派遣された理学療法士のコニーネ先生が新聞に連載された、「リハビリテーション学院の紹介」に関するコラムを読んで入学したようです。私は「好きな絵を描いてお金がもらえればいいな」とあまり深く考えずに選んだのですが、勘違いでしたね。こんなに解剖学をやるとは思っていませんでした(笑)

多くの先生方が、そうおっしゃいますね。

みなさん、「想像していたのと違った」と(笑)

けれど、その美術部で培われたセンスが、今こけ玉を作る際のアドバイスなどに活かされているんですね。

はい。美術もそうですが、音楽、書道といった芸術系の行為というのは、厳密な意味での優劣がないんです。それぞれの人が、それぞれの個性を見つめて、成長していけばいいということを主張している。今の世の中は、学校教育の場で行われる主要五科目の評価のように、ある枠組みの中で優劣をつける偏差値社会ですよね。勝ち組、負け組みたいなランク付けとか。


――アクティビティとしての園芸療法は簡単で応用性が高いとのことですが、中でも「こけ玉」を用いることにされたのは何故ですか?

「こけ玉」には一つの伝統的な文化に基づいた形式があると思ったんです。盆栽はまさにそれで、歴史が長く、奥深い。その入り口として行うのが、なんちゃって盆栽である園芸療法の「こけ玉」です。簡単で取っ付きやすいので、「これなら自分にも出来そう」と感じていただける。さらに「盆栽に連なるものだ」ということで、皆さん前向きに取り組んで下さるのではないかなと思いまして。

なるほど。本日のご講義の中で、作業療法の最中に「絵を描いたり泥団子をこねたりするのは幼稚な気がする、やりたくない」と仰られる患者さんもいらっしゃるというお話でしたが、「こけ玉」はそういった心の障壁を取り払うのに役立つということですね。実は私も「こけ玉」という単語を聞いた時に、ちょっと古風でおしゃれなイメージが浮かびまして。名称は聞いたことがあるけれど、作ってみたことは無かったので、「機会があるなら、ぜひやってみたい」と思ったんです。セラピーを受ける側の視点から見て、正に「行う価値のあるものだ、是非やりたい」という思考になったわけで(笑)

しかも「自分でも出来そう」という、ハードルの低さも良いですね。

そうですね。ハードルが低い。かつ自分の作業に価値を見出せる。

取っ付きやすくて、しかもちょっと高尚な感じがする。「盆栽って、格好いい」というような。

そうなんです。それに最近、サスティナブルな生活というのが広がってきていますよね。サスティナブルというのは、持続可能であること、とくに環境破壊をせずに維持、継続できるという意味なのですが、「こけ玉」はそれに通じるものがあると思うんです。循環する、ごみを出さない、という点でね。たとえば原子力発電は、安いし効率が良いけれど、廃棄物は処理できない。これはエコじゃないし、サスティナブルじゃない。けれど、園芸で作った有機物は最終的に土に戻りますから。何らかの形で、自分が作ったものが循環していくという点でも、良いアクティビティテーマ候補です。

最近ですと、紙コップなどの消耗品も「再生しやすさ」を売りにした製品が販売されていますね。普通の紙コップのように、資源として再利用しやすいという意味ではなく、「土に埋めたら土に還る」製品である――つまり自然に回帰しやすい存在であるという意味で。そういう物の方が良いということですね。

そうですね。エコです。エコに取り組むことで、地球の循環の中に自分が入り込んでいるような、落ち着く場所を見つけられるんじゃないでしょうか。

伝統的な作業は、自分の居場所の発見に繋がります。その文化の中に自分が属してるという、無意識の安心感がありますから。

所属意識を高める、または強化するお手伝いをするということですね。

そうですね。環境と関わることで、「自分がコントロールしているんだ」という満足感を抱いていただく目的もあります。

ペットや子供の世話をするのと似たような満足感ですね。継続して世話を続けていくことに、非常に意味があると。

そうですね。それに、こけ玉を世話するメリットは他にもあるんです。たとえば、子供や動物を世話する対象にすると、失敗してしまったときのダメージが大きい。また、簡単に責任を負えるものでもありません。その点、こけ玉ならば、もし枯れたとしても穏やかに土に戻るものですし、それほどダメージはない。失敗感や喪失感も、動物などに比較するとさほど大きくないんじゃないかと思います。

一から手作りするわけですから、やはり感情移入して、枯らしてしまったときに落ち込まれてしまうということはありませんか?

それは少しあります。失敗される方も、どうしてもいらっしゃいますね。植物は、花屋でポットに植えられているものを買ってきただけだとしても、日当たりなどの環境が変わるとすぐに枯れてしまうことがあります。それでも、植物の方が失敗を受け入れやすくはあると思います。

なるほど。

万が一、失敗されてしまったときの心のケアも、こけ玉ならしやすいということですね。


 (次回へ続く)


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