第8回:見るべきは結果より原因!運動器治療学の第一人者が語る熱い思い【名古屋大学名誉教授・理学療法士 鈴木 重行 先生編】

――何故「外側(筋)」からの嚥下障害へのアプローチが有効なのでしょうか。

鈴木先生といえば、解剖学・筋の仕組みから学ぶ嚥下障害へのアプローチ手法を、言語聴覚士の方に向けたご講義においても分かりやすい内容で構築してくださっていますよね。

「外側からのアプローチ」をマスターすることの重要性、その有効性とは、一体どのようなものなのでしょうか。

嚥下障害の原因の1つに、頸椎過伸展位での拘縮が挙げられます。頸椎が過伸展位で拘縮を起こすと、いわゆるchin-downができなくなり、誤嚥の誘因にもなります。したがって、日頃から、頸椎の過伸展位での拘縮を予防しておくことが重要です。

そのためには、頸椎の伸筋群である僧帽筋上部線維、頭半棘筋、頭板状筋、肩甲挙筋などの柔軟性を確保し、嚥下時に舌骨上筋群が活動しやすい環境にしておくことが重要になります。もし、頸椎の伸筋群の過緊張により筋短縮が起こっている場合には、積極的に筋ストレッチを施行する必要があります。

なるほど、ありがとうございます。そのようなケースに関して、鈴木先生がこれまでに研究された症例などで印象に残っているものがございましたら、その詳細についてお聞かせ願えますでしょうか。

症例研究ではありませんが、ある施設に入所した高齢者50名に対して、自宅等で誤嚥の既往のある人とない人の2群に分け、頸椎の屈曲可動性、筋力、等について比較検討しました。

その結果、筋力と頸椎全体の最大屈曲角度および可動範囲には2群間で違いは認められませんでした。

なんと、有意な差がないのですか。

さらに、後頭骨と第1,2頸椎との間でおこる屈曲の可動範囲にも差がありませんでしたが、最大屈曲角度は誤嚥あり群がなし群に比較し、有意に小さい値であることがわかりました。すなわち、誤嚥の既往のあるグループの頸椎は過伸展位になっていたため、可動範囲が同じでも、最終屈曲角度が小さくなり、顎が上がった状態で、嚥下しなければならず、このことが誤嚥を引き起こした要因であることが示されました。

――先生のようにリハに向き合うには、如何なる気概で臨床に取り組むべきでしょうか。

患者さまの治療では、常に疑問を抱きながら進めていくことが重要と思われます。

関節可動域運動においても、制限のある⽅向に動かすのが本当に正しいのか考えたことはあるでしょうか。ゴニオメータで計測する数値はあくまで結果であって、原因ではないことは明らかです。常に関節可動域制限のある方向に動かすことは、結果を改善しようとしているだけであって、可能性のある原因を求めて、原因に対する治療とはかけ離れています。

目に見えない根本を改善することなく、表出した部分だけ対応しようとしても、意義があるとは言えないということですね。

極端な言い方をすれば、関節可動域制限があれば動かない方向に動かし、筋力低下があれば、当該筋に運動負荷をかけて筋力をアップすることが正しければ、専門的知識のない素人でもできることを行っていることになります。治療においては、検査測定で問題となった結果を直接改善しようとせず、その結果を導くことになった原因を考え(仮説)、予想される原因にアプローチし、その効果判定を行い、自身の予想について検証を繰り返すことが重要です。

仰るとおりですね。最後に、セラピストを目指す学生と、現役セラピストに贈る言葉を頂きたいと思います。まずは大学名誉教授としてのお立場から、学生へのエールをお送り頂けますでしょうか。

皆さんは数多くある職業の中からPT、OT、STの専門職を選んで日夜勉学に励んでいることと思います。日頃の生活の中では、学校の先生や実習先の先生方の厳しい言動、納得できない指導に心が折れそうになり、あるいは、授業についていけなくなり、悩むこともあるかと思います。しかし、せっかくセラピストを目指したのであれば、人の倍の時間がかかっても最後まで諦めずに頑張って頂きたいと思います。

PT,OT,STの各専門職は、自身が提供した治療(サービス)に対して感謝される、とても素晴らしい職種です。自身の特性を生かして、自分らしいセラピストになることを目指して日々努力して下さい。

温かいお言葉をありがとうございます。

それでは最後に、現役セラピスト全体に推奨すること贈る言葉を頂けますでしょうか。

セラピストの数は爆発的に増加しました。特に、理学療法士の増加は顕著です。このような環境の中では、セラピストとして独自性を発揮しながら働くことが特に重要になります。

ご自身の専門性を磨き、他のセラピストあるいは医師、看護師から一目おかれ、患者様から信頼されるように日々努力を重ねておられると思います。

若い理学療法士からは、認定あるいは専門理学療法士を取得するとどのような見返りがあるかという質問を受けることがあります。確かに、これらは協会が定めた生涯学習制度の中での認定資格ですので、すぐに給与や待遇に直結しないのが現状です。

(了)


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