第5回 後編:患者中心はセラピストの傲慢!?様々な「家族の形」と、接する際の心構え【岐阜保健短期大学 リハビリテーション学科 作業療法学専攻 特任教授・作業療法士 原 和子 先生編】

――良い意味で印象に残ったという実例がありましたら、お聞かせください。

あと、もう一人、大学の先生で片麻痺になった方がいらっしゃいました。その方は工学部の教授だったのですが、奥さんと娘さんがつきっきりで、本当に心を込めて介護をされていて。その方の時は、バリアフリーの部屋を作ろうという話が実現しましたね。「お父さんはお風呂が好きだから」って、家の真ん中にお風呂をデンと作っちゃった。両側からアプローチできるように(笑)

すごい(笑)

ね。鶏研究の教授よりも、あまり長生きはされなかったと思うのですが、そのご家族はお金をかけて、平気でそれが出来てしまったんですよ。もう、本当のバリアフリーデザイン。ユニバーサルデザインとは言わないですよね。完全に、その方のためだけにデザインされたお風呂ですから。どこか御殿のお風呂を持ってきて改造したのだと思いますけれど、そういうお風呂、入ったことありますか?

いえ、ないですね。

私、「園芸療法とリハビリテーション」という書籍を一緒に書いた林 玉子 先生のお宅に遊びに行ったときに「入っていきなさい」というので使わせてもらいました、そういうお風呂。彼女は重度のポリオですので、お風呂場の真ん中にバスタブを配置して、両側からアプローチできる作りにしていました。でも何か、スースーするんですよ。部屋があまりに広すぎて(笑)でも、「こういう形があってもいいな」と思いました。娘さんも、ご主人も、ご家族みんな、そのお風呂を使っている。それがベストな形でしょうからね。

セラピスト同士ですと、当然の常識として「このような患者さんには、こうすべき」という認識が共有されているから話を進められますけれど、患者さんのご家族にとっては「そんなことする必要あるの?」といった心情になってしまうわけですね。

そうですね。でも、たまに、それをごく自然に乗り越えてこられるご家族もいる。ある頸損・四肢麻痺の患者さんで、決して裕福ではない方を担当したことがありました。その方がご自宅に戻られた際に訪問したのですが、「玄関を開けたらすぐ居間」というような狭い間取りの公共住宅にお住まいだったんですね。で、扉を開けたら靴を脱ぐスペースが少しだけあって。その先にドーンと、介護ベッドが置いてあるんです。彼はそこで、ゆったり寝かされていました。彼を中心に生活が回っているんだ、という家族の考え方が伝わりましたね。誰が部屋に入ってきても、彼がこちらを向いて、目の前にいるんですから。本当に幸せな形です。「この人を中心に世の中は回っている」みたいな家族形態でしょ。お食事だって、何だって。良いなぁと思いました。でも、そういったご家族の在り方って、決して普遍的ではない形ですよね。

そうですね。中々、そこまでして暮らせるご家族が多いとは言えないですよね。

そうなんです。最初の教授のご家族の例のように。患者さんを中心にデザインすればいいというのは、セラピスト側がちょっと傲慢かもしれない。そういったことを学びましたね。

ご家族のお気持ちも、しっかり汲む必要があると。

そう。いつも患者さん中心のデザインをしてきたけれど、それでは足りない。周りの、普通の方々の考えを慮る必要がある。長いスパンで考えていくということが大切だと、やっと気づかされましたね。


では、次に女性セラピストの皆様に対するお言葉を頂けますでしょうか。

ジェンダー差別は薄くなったと言われていますが、まだまだ根底にはありますよね。家事や介護の場面などで。

ありますね。

完全に家庭に入ってしまうと、ちょっと苦労するのではないかなと。共稼ぎというか、明日辞めるかもという状況でもいいから、仕事は続けて欲しいですね。社会との接点はできるだけ持ち続けて欲しいという意味で。家庭にこもっていては、社会と関わりを持っているとは中々言い切れないでしょう。

社会の最小単位ですものね。

そうです。だから、広い世界と関わり続けて欲しい。少しはジェンダーが反転してきている状況もあるかもしれないけれど、まだまだ女性が損をする場面が多い。女性は長生きするんだし、健康な方が多いんだし、諦めるものは諦めながら、社会と関わり続けるのが大事(笑)

継続こそ力なり、と(笑)

そうですね。たとえば、私もそうだけれど、関わり続けると色々なことが可能になってくるんです。ジェンダーの縛りが解けていく状況の中で、やりたいことが出来るようになる。これって、ものすごく魅力的だと思うんですよ。「やりたいことが私にはある」と強く思える。それって面白いよねって。

それによって、自信がつくというような。

いえ、そんなことはないですよ。いつも鬱々としています(笑)

ええ、そんな(笑)

自信がつくというようなことはないけれど、それでもある瞬間「面白いな」「幸せだな」と思いますよね。自分を押し殺している方達を見ると、一瞬でも「幸せだ」と思えていなさそうなので、一瞬でも、幸せだとか、面白いと思えることをする方が良いのではないか、と思いますね。

その通りですね。ありがとうございます。最後に、セラピスト全体に向けた言葉をよろしくお願いします。

私の場合のやりたいことは、本を作ることでした。退職をしてから、作業療法に関する本を出版しました。色々な出版社に持ち込んだけれど、どこも取りあってくれなかったので、自分で会社を設立して出版しました。お金を使ってばかりで(笑)

けれど、本当にやりたかったことを叶えられたのですね。

そうですね。お金を自分に投資したわけです。株式会社という形での活動は、私に向いていないのかもしれないけれど。「本当にやりたいことをやる」という意味では、実現しました。NPO法人を立てて、作業療法支援ネットで助成を受けながら、好きなこと、大切だと思うことを発信している。大変なことも多いけれど、「一瞬、面白い。一瞬、楽しい」って(笑)

一瞬の楽しさ、きらめきといったものを大切にして、皆さんにも是非、この先の長いセラピストの人生を送ってほしいということですね。

そういうことです。


(了)


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