――臨床においての挫折や苦悩はありましたか。また、そこから得た知見はどのようなものでしたか。
昔、ある脳卒中の患者さんを担当しました。内頚動脈閉塞の患者さんでした。
まだ30代と若い方ですが、かなり重度の左半側空間無視と麻痺がありました。だけど、なんとか歩けるようになって、「職業復帰したい」という話をされるようになりました。
元はバスの運転士だったのですが、さすがに運転士への復帰は難しい。事務仕事ならできるかもという状態でしたが、「じゃあ、通勤はできるのか?」という問題に直面しました。
これだけの障害がある方が、公共交通機関に毎日長時間乗り、しかもその後に、勤務地までかなりの距離を歩かなければならないとなると現実的ではありません。
元の勤務地で働くことは難しそうですね。
はい。そこで会社に条件を提示しました。「できるだけバス停から近い勤務地に変えて欲しい」などですね。だけど、そういう条件をつけたことによって彼は会社に復帰することが出来なくなりました。会社側の意見としては、「そこまでの要求には応えられない」と。
患者さんには謝るしかなかったです。条件をつけたことによって、患者さんの可能性を潰してしまったわけですから。
実は彼、ずっと車で通院していたんですよ。左半側空間無視の強い患者さんが、1時間半以上かかる距離を自分ひとりで。運転するのは絶対ダメです、と強く言ってあったのですが。
すごいですね。しかし、左半側空間無視をもつ方が右手でのみ運転というのは、事故に繋がりそうですが……。
それが、ずっと無事故で通院してるんですよ。少なくとも私の知っている限り、2年間無事故です。我々の常識を覆すようなポテンシャルですよね。
これだけエネルギーのある患者さんだったのだから、通勤の条件付けなどもっともっと考えて行わなければならなかったと思います。
「○○をしてはいけない」と言うのは簡単ですが、それは先生の仰る通り「可能性をつぶす」ということと紙一重ですね。そして僕たち療法士は禁止すること、つまり可能性をつぶすことに対して何も責任を取らない。僕は臨床の現場で、ずっとその矛盾を抱えています。
たとえば患者さんが「タバコを吸ってもいいですか? ダメですか?」と聞いてきたとして、私は自己責任で吸えばいいと思います。
吸いたいと言っているのを、なぜ無理に医療スタッフが止めなければならないのか。それと同じ話ではないでしょうか。
ただし「タバコを吸ったら、こんな症状が悪化する可能性がありますよ。それでも吸いたいですか?」ときちんと説明をする必要はあります。
それでもなお吸うなら、患者さんの自由。本人の意志で決めるべき。
もちろん院内など禁煙の場所で吸うのは他の方の迷惑になるのでいけませんが、自宅で吸うことまで禁止するのはちょっと違うんじゃないかなと思います。ちなみに私は非喫煙者ですけどね(笑)
――苦難を乗り越えた末に感じた、「リハビリテーションの世界に入って一番良かったこと」を教えてください。
人間の基本的人権、これを考えられるようになったことですね。
理学療法士として、「人間とは何か」を常に問いかける存在になれたのではないかと思います。だから人間が大好きだし、今後さらに「その人らしさ」を引き出せるリハビリテーションを提供していきたいと思います。
なるほど。先生の中にある「理想のリハビリテーション病院」を100点とすると、今の病院で実現できているリハビリテーションは何点くらいですか?
うーん。まだね、50点。
50点!? あの充実具合でですか。
いや、常識を非常識に変えるようなレベルで頑張ってくれているとは思うんですよ。
だけど「あなたたちの感性ならもっとできる、もっと様々な発想が出てくるはず」と若いスタッフたちを見ていて思うんです。それを実行に移して欲しいのですが、なかなかできないようで。
スタッフが堂々と自信を持ってやりぬく空気がまだ醸成できていないな、ということを鑑みての50点です。若いスタッフにはどんどんチャレンジして欲しいですね。
(次回へ続く)
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