第2回 前編:理学療法士はつまらない、臨床に科学はない?【千里リハビリテーション病院 副院長・理学療法士 吉尾 雅春 先生編】

――脳画像といえば吉尾先生ですが、脳を学ぼうと思ったきっかけや、画像情報の活用に可能性を見出したきっかけを教えてください。

実は私、理学療法士になって4~5年経ったころ、同じことの繰り返しで「理学療法士ってつまらないな」という気持ちになっていたんです。

自分たちが行っているリハに根拠があまり見出せないし、「普遍的な答え」が返ってくるわけでもない「臨床に科学はないな」と思っていました。

こんなことならもう、いっそ転職してラーメン屋さんかコーヒーショップでもやろうかと(笑)

で、毎週土曜に餃子を焼く練習をしたり、色々なショップをめぐって機材やコーヒー豆を選んだりしているうちに、ある脳卒中の患者さんと出会ったんです。その患者さんは私と知り会う以前に、ある市立病院に入院して、1年半リハを受けていらっしゃいました。

昔は、それくらいの期間は入院するのが普通でしたね。

はい。今から35年ほど前のことです。

その患者さんは左側の麻痺がひどく、とにかく「歩けない」状態でした。

手には痛みがあり、療法士に触らせてもくれない。

そんな患者さんが私のいた病院に「入院させてください」といらしたわけですが、当時の私には「1年半のリハを受けた脳卒中の患者さんがそれ以上よくなることはない」という「常識」があり、改善はありえない、と思いました。

だから「入院ではなく、外来として週に1回みるのでは如何でしょうか」と院長に提言して、外来を私が受け持つことになりました。

その患者さんは、ひとりで立つことすら困難だったとか。

そうなんです。しかも、起立した状態で体を押すと右側、つまり良い方に転ぶんです。

麻痺のある左側には転ばない。

当時の私は神経生理学的アプローチにどっぷり浸かっていて、麻痺側を中心に考えていたものですから「機能に問題のない方向に転ぶ」という現象を理解できませんでした。

麻痺側で支えられないということではない、いったい、何にどうアプローチすればいいのか?

とりあえず外来で週に1回のリハを続けた結果、患者さんは約1年後にはひとりで歩けるようになり、1年半後には10mを12秒で「杖無しで」歩けるようになりました。

杖無しで、10mを12秒ですか。それは相当な改善ですね。

しかも、あんなに痛みを訴えていた手で、ピアノまで弾けるようになりました。

改善させたのは私です。けれど、自分の中で「なぜこの患者さんは良くなったのか?」を説明することが出来ないわけです。

そもそも「なぜ機能に問題のない方向に転ぶのか?」ということすらも、わからないままでした。

だけどきっと脳の中でなにかが起こっている。それを説明できるようにならなければならないと思いました。

患者さんは、ここまで改善させた私のことを神様だと仰いました。ですが私は、脳を学ぶきっかけをくれたその患者さんこそ、私の神様だと思っています。

私は、その患者さんの脳画像を手元に保存しておきました。「いつか必ずわかるようになりたい」という願いをこめて。もちろん今は、その画像をしっかりと読み解くことができます。


――「患者の改善を説明できるよう、しっかりと理解したい」という気持ちが先生を突き動かしたのですね。

今お話した35年前に担当した左麻痺の患者さんですが、実は2年ほど前、私のブログにコメントを投稿してくださったんですよ。彼女は84歳ほどになっていらっしゃったのですが、

「○○です。先生、覚えていらっしゃいますでしょうか」って。

それは嬉しい驚きですね。84歳でブログを見て、コメントを投稿してくださるというのも凄いことです。患者さんにとって、それだけ深い思い出だったのでしょう。

担当してくれた理学療法士のことを30年以上忘れないとは、一生級の思い出ですね。

僕、患者さんと理学療法士の関係って、ちょっと他にはないものだと思うんですよ。

たしかに、他の職種には中々ない。

すごく濃厚な関わり方ですよね。

患者さんも理学療法士側も、本当にリハに一所懸命で。

この関係の本質って、僕は「利害の完全一致」だと思うんです。

「どちらかが得してどちらかが得する」という商売とは違って、「良くなりたい」「相手が良くなってくれたら自分も嬉しい」という気持ちに立脚している。

お互いの向く方向が完全に一致しているというか。

そうそう。さっきの女性の話ですが、続きがあるんですよ。

彼女の状態が良くなってからまもなく、私は次の病院に移ることになったんです。

そうしたら彼女も「吉尾先生がいなくなるなら、私も家の近くの病院に行きます」って。

それまで1時間半ほどかけて私のいた病院に通ってくれていたのですが、送迎する旦那さんも大変だし、私がいなくなるなら自宅近くの公立病院に移りますということでした。

それから5年経った頃、ふと「あの患者さん、どうしてるかな」と思って会いにいったら、なんと、私が最初にみた状態に戻っていたのです。

左麻痺でまったく歩けない状態に?

そう。それはショックでした。再発もしていないのに。

この経験も、脳を勉強しなければいけないという気持ちを掻き立てました。


――「セラピストは現象をみていく職業だから脳画像を見る必要はない」と言う方もいますが、それに対する考えをお聞かせください。

そうですね。今はうちのスタッフで「画像を見る必要がない」と言う者はいないです。

なぜかというと、みんな画像を見て成功体験を得たから。

はじめは症状だけをみて、どう対応すればいいかさっぱりわからないという状態から、画像を見てパッと目の前が開けるようになるんです。

画像情報を得たことでアプローチの仕方が理解できて、そのとおりにやったら患者さんがどんどん改善していったという。

そうです。良いトレーニングを行うには、脳にどのような障害を受けていらっしゃるかということを知らねばなりません。仕組みを理解しないでいると、ある患者さんにたまたま効果があっただけのトレーニングを他の患者さんにもそのまま当てはめようとしてしまうものです。

リハビリテーションは、ともすれば経験則のみに立脚してしまいがちですから。

最近は、ほかの病院でも脳に向き合う療法士が増えてきましたね。非常に良い傾向だと思います。ただ、若い療法士が「脳を学びたい! 脳画像を読めるようになりたい!」と上層部をつついてきたとき、上層部は「そんなのやらなくてもいいよ」と言うことが多いと聞きます。それを打破して、一所懸命 学ぼうとしています。

若手から大変な熱意を感じますね。昔は「画像を見る意味がよくわからない」という方も多かったですが、吉尾先生はかなり日本を変えられたと思います。

こうやってセミナーを行うようになって、これまでに得た知識や情報を伝えることで社会に有益な変化をもたらせるということがわかりました。

私たち療法士の仕事を通して、「社会をより良く変えていくこと」ができれば最高だと思うんです。

(次回へ続く)


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